みんなの不思議に思うこと

みんなが不思議に思っている事を載せていくブログ

自分の手取りが少ないくせいに浪費家な旦那の不思議

私の同僚の旦那さんの手取りは18万円。一般的に言ったら少ないはずだが今のサービス業界はこんな感じだろうと思う。


美容師さんなんてこのくらいの給料でボーナスがないというのだから地獄のようだ。それに比べたらまだいいのかもしれない。


だがここのうちの旦那様。

自分の給料がお世辞にもたくさんもらっているといえないのに、まさかのバイクを購入したり、ロレックスの時計を買ったりしているらしいのだ。


これには友達もあんぐりとあきれたようだけれど。だってロレックスの時計を自分の貯金で買ったとはいえ普通そんな高価なものを結婚してから買うだろうか。


そしてバイク。買っただけじゃなくて維持費だってかかるだろうになぜそんな高価なものを買うのか。不思議で仕方ない。


そして極めつけは奥さんに正社員でいないとだめだと言っていることだ。もうここまできたら大変なことである。


ここのうちの旦那さんの絶対的亭主関白具合にもへどがでるようなものだが、家を建てるときに100万円安くするからとセキスイハイムを買ってしまったという。


旦那の知り合いがセキスイにいたらしいのだが。それにしても家の100万とは。車の1万ほどの値段ではないだろうか。恐ろしいわ不思議だわで。

不思議でしかたがないこと 低収入でセキスイハイム

私と同じ職場にちょっとどうしてそうなのという不思議な同僚がいる。


私の会社は事務だが残業がほぼないので、手取りが13万ちょっと。仕事もものすごく責任のあるものかと聞かれると、ミスはいけないが管理者とかではないため、 致し方ないかなと思う手取りである。

 

それに女ということもあり、正社員で働くだけでもいいかなとそう思っているのが本音だ。


そんな同僚は妊娠出産し、育児休暇を取得、今は9時4時という時短で働いているのだ。だから手取りは10万ちょっとのはず。


そしてその同僚の旦那さんはガソリンスタンドの店員さんで、かなり手取りが安いらしいのだ。最近ちょっとアップしたのもあって18万手取りで持ってくると言っていた。


だから夫婦合わせて30いかないはずの給料でまさかの家を建てた。それがなんと2800万のセキスイハイム。頭金は50万らしい。あり得るだろうか。


私はかなり驚いた。驚きに驚いた。だって35年間月に八万円払っていくのだ。家のローンに追われるという頭はないのだろうか、不思議で仕方がない。


子供だって二人産んだ。私はどうやって生活していっているの?と思うけれどそんなことは言えない。

 

彼女が借金苦にならないことを本当に祈る。

冬に太る不思議。ごはんがおいしい不思議

いつも食いしん坊な私は、口を休めているときのほうが少ないかもしれない。すみませんそれは言いすぎました。


でもやっぱり夏に食べるご飯よりも涼しくなってきたご飯のほうがおいしい。

 

絶対に美味しい。なにかのテレビでも言っていたけれど、動物は冬に体に食べたものを蓄える力があるとかないとか。いや、絶対にあるはずだ。そうじゃなかったら今私の体がこんなに丸いわけがないもの。


そしてさっき食べたばかりなのにおなかがすくのもどうやら早いぞ。きのせいきのせいと言い聞かせるがお菓子を食べる僕。不思議で仕方がない。


ふと思う。なんで冬に太ろうとするのだろうか。決して自分がただ食べすぎだとは認めない根性が書いていてわかる。僕はこんなになにかのせいにする人間だっただろうか。


否。違うはずだ。本当に冬だから太るのだ。気のせいじゃないはず。だって年始、会社に出勤するとまわりの人間の8割はやや肥えた?という感じだからだ。


もちろん女性にそんなことは言わない。だが割合的には女性のほうが丸みを帯びている気がしないでもない。そんなセクハラまがいなことは絶対に言わないが。


まあ女性は少し丸いほうが魅力的だと思うので。がりがりはいかんです。冬、おいしいものをおいしく食べましょう!!

生きていくことの不思議 寿命の不思議

前まではなんとも思っていなかった生きているということ。


だってそんなに考えなくてもただ息をして心臓が動いていて。何も不思議なことはないし、そんなことをわざわざ考えるひまはなかったのだ。


でも最近主婦になって毎日起きてご飯の準備、洗い物、洗濯物干してたたんでとかルーティーンが決まってきて。


空いた時間にふと思うのだ。主婦になった今のほうが、一日の時間の流れが早く感じるようになった。自分が仕事をしているときは一日がとても長かった。


そして家に帰ってからがとても早くて気づいたら会社にいるような。きっとリラックスした時間やストレスがない時間ほど早く感じるのだと思う。


だから今きっとなんでもない毎日を過ごせているから、時間の流れが早く感じる。だからこのまま年をとって気づいたらおばあちゃんなのかなと。


極端だろうか。そうかもしれない。でもいつか死ぬ時がくるんだよなあと考えるようになった。八個上の旦那様も今は元気だけど、もうあと30年したら病気がちになるかもしれない。そう考えたら、ずっとずっと健康でいてねと願うばかりだ。


なぜ人は生まれて死ぬのだろうか。悲しすぎる。そう考えて気づく。わかった、わたしって自分が思うよりひまなやつなのだと。

揺れてはいけないのに揺れてしまう自分の心

私は決められている結婚相手がいます。その人を愛さないといけないと分かっているのにいつも自分に近寄ってきて話聞くよだとか、悩みとか辛い事があったら全部俺に言いなと言ってきてくれる人、またその他に自分が結婚しないといけないと知っているのにも関わらず懲りずに好きだとか毎日連絡してきたり会いたいとか好意を示して来る人等がいます。

 

しかも結婚相手以外は皆同じ大学です。

 

人生の大きな決断をしないといけないし、自分も普段はこれと決めたら絶対揺るがない信念の持ち主なのに結婚するかどうか迷ってる自分がいます。

 

他の物事に対しては迷わず決められるのに、なぜ今相手がいるはずなのに迷っているのか不思議でたまりません。

 

あと、何故大事な時期に限ってこうやって周りに自分にだけよくしてくれる男性が1人ではなく何人も出てくるのかも不思議です。自分の人生を操っているのは一体だれなのかと問いたくなってしまいます。


 あとは、自分の姿を見て私は別に何もやっていないし誰かの好きな人を奪ったとか、ただ自分は一方的に相手側から押し寄せられるだけなのに、友達からいきなり見てて呆れるだとかいい加減にしてだとか怒られたりします。

 

心当たりがあるとすれば自分がいつも絡んでいる男の人が学校でもかっこいいと言われている人たちばかりだという事ぐらいで、やきもちでもやいてんのかなとおもうのですが、そんなにいう位ならあなたたちも一緒に遊んだりすればいいのにと思うのですがそんなこと言ったら事が大きくなりそうなのでいつも無言で聞いているだけです。なぜ男女関係でこうなってしまうのか不思議でたまらないです。

たまに思う不思議な妄想 この世界

たまに思うことがある。もし「いま」という時間が、未来のわたしが戻りたい過去をやり直している最中だったらと。


30年いや40年先の未来。科学がとっても進歩してタイムマシンを作れたとする。

 

今ペッパー君がいるなんて江戸時代の人から見たら目玉が飛び出る話だろうから これくらいできててもなんも不思議じゃないはず。

 

まあ40年の差なら夢物語かもしれないけれど。そんなことはおいておいて。


未来、あの時にやり残したことを若い時にやっておきたかった。

 

よし、あの時に戻ってやりなおしてみよう!ともしかしたら大金を払ってこの時代に戻ってきたのかもしれない。


だけど戻ってしまったときに私は未来の記憶を一切合切なくしてしまうのです。それでもいいかどうかが戻れる条件。


だから今の時代に戻っても戻ったなんて感覚はいっこもなく、ただただ普通に過ごしていまになっているように錯覚しているだけ。


かもしれない!!って考えるとなんだか「いま」が特別になりませんか?

 

不思議すぎるし一見ありえなさすぎるかもしれないけれど、昨日今日の記憶ももしかしたら 作られているのかもしれない。

 

そう考えながら今日もふわっとまったり妄想しながら暮らしていくのであります。

部活帰りに遭遇した女子生徒と鈴の音。

私が通っていた中学校は山に囲まれた場所にありました。

回りは団地があり新築の家がどんどん建っていました。

当時、部活で帰りが6時過ぎで冬は街灯があっても暗い。

バス通りなので車の往来はありますが、人気はありません。

団地下のバス通りをずっと歩く訳ですが、民家はポツポツあるだけです。

その日も部活帰りで、たまたま一人でした。

団地入り口で同級生と別れてバス通りを一人で歩いていました。

300メートルほど行くと民家が3建並んでおり、人が立っていました。

制服姿で女子です。

足元に鞄を置いて、私に背を向けていました。

同じ制服なので先輩だと思いました。

おかっぱ頭のほっそりした人がガードレールの側に立っています。

私は一年生なので顔を見ないように下を向いて足早に通り過ぎました。

よく親に迎えに来てもらう生徒が待っている場所です。

車を待っていると思いました。

しばらくすると後ろから足音と鈴の音が聞こえます。

あれ?さっきの人かな?と思いました。

そのまま歩いているとどんどん鈴の音が迫ってきました。

足音も同じように聞こえます。

歩道ですが、杉の木が立ち並び民家がない場合でした。

その時、私の靴の紐がほどけて結び直そうとしゃがみました。

後ろから人が来ると思い、脇に寄って結びました。

あれ?音がしない。と気がつきました。

鈴の音も足音も聞こえないので、後ろを振り返りました。

誰もいません。

さすがに怖くなりの小走りになりました。

しばらくすると後ろから鈴の音が聞こえます。

嘘でしょう?と私はかなり焦りました。

鈴の音がどんどん迫って来るのです。

怖くて私は走りました。

ちょうど民家の明かりが見えてそこまで逃げるように走りました。

それでも音は迫ってきました。

どうしよう!どうしよう!私は必死に走りました。

その時、バス停が見えて、ちょうど団地行きのバスが上がってきました。

バス停に止まると、人が数人降りました。

必死で走ってその人達とすれ違いました。

思いきって振り向きましたが、降りた人以外、いません。

鈴の音も聞こえなくなり、家まで走って帰りました。

いつもは友達と帰るのですが、その日は風邪で休みでした。

この事は家族以外、話しませんでした。

友達に話して怖がらせてはいけないと思い、秘密にしました。

あの女子生徒は誰だろう?鈴の音はどんな意味があるのだろう?

今もたまに思い出しますが、謎のままです。

いろいろなモノの形について思うこと。

小さい頃から不思議に思っていたのは、地球がなぜ丸いのかと言うことです。地球だけでなくその他の天体も大概丸いです。

 

私が把握していないだけで楕円形のものや、もしかしたら複雑な形をしている惑星があるのかもしれませんが、中学生で習うような水金地火木土天海冥はすべて球体です。

 

しかも回っています。回っているからこそ球体にならざるを得ないのかもしれないと考えると、回っていない惑星は無いのかと言うと結論に至ります。

 

もし止まっている惑星があったとすれば、それは三角だったり四角だったらする可能性もあるのでしょうか。

 

不思議でなりません。太陽考えてみるとどうでしょう、太陽は自身が回っているわけではありません。形はと聞かれると、おそらく姉妹ではないかと思うんですがホントのところはよくわかりません。

 

しかし小さい頃からよく描く太陽のイラストというのはみんな円を書くことから、一般的な認識は円であると言えます。ここまで何もかもが球体であるとするならば、なぜこの宇宙は球体であふれているのかという事まで気になります。

 

宇宙の謎というのは考え出すと迷路ようなもので答えが分からなく、途方に遅れてしまういます。しかしそこには何かの意味やメッセージがもしかしたらあるのかもしれないと思いを馳せてしまうのが我々人間なのでしょうか。

掃除をするとその後必ず、何かいいことが起こる!

よく断捨離をすると運気が開けるとか、掃除をすると幸運が舞い込んでくるとか聞きますが、私は以前そういうことを聞いても「そんなわけないじゃないか」と聞き流してしまうタイプでした。


しかし、職場で人間関係に悩んだり、運が悪いなと思うことが続いて困ったなあと思っているとき、なぜか「掃除をしなければいけない状況」に追い込まれます。
そしてその後必ず良いことが起こるのです。


例えば、上司とそりが合わず困っていた時のことですが、当時付き合っていた彼氏が急に私の部屋に来ることになりたくさんの要らないものを捨て、徹底的に部屋を磨き上げました。


するとそのことがあってから急に事態が好転し、上司との関係も私が納得いく形で落ち着きました。


また、結婚後に狭いアパートに住んでいて「もっと大きな部屋に住みたいなあ」などと考えているとき、久しく会わない人が我が家に来ることになり大掃除をしたのですが、その後まもなく理想的な分譲マンションを購入することができました(金銭的にも非常に満足できるものでした)。 

 

その他にも、掃除をしたあと急に理想的なアルバイト先が見つかったり、臨時収入があったりと、細かい例を挙げればきりがありません。


掃除で運気が上がる、という言葉を聞いてもたいていの人が胡散臭い印象を持つと思いますし、なんら科学的な裏付けがあるわけでもありません。


しかし私は実体験として、掃除のおかげで助けられたとしか思えない経験を大なり小なり経ていますので、掃除と運気には明らかに関係がある!と思っています。

猫の顔洗いは天気予報になる?!

猫を飼ったことがある人は誰しも1度は聞いたことがあると思うのですが、猫の顔を洗うしぐさで明日の天気がわかるという迷信のようなものがあります。

 

顔を洗うときに耳の後ろから、念入りにに手を動かしていれば、雨が降る。顔を洗うときの手が浅く、耳の後ろまでいかない場合は雨が降らない。

 

という言い伝えがあります。科学的な根拠があるのかわからないですが、雨の前の湿気の量だったり、何か独特の感覚のようなものを猫が持ってっていて、その感覚器官が耳の後ろにあるのかなと予想もしたりしてみるのですが、本当のところはどうなのかはよくわかりません。また私自身も猫を飼っています。

 

私が飼っている猫は、この天気予報がかなりの確率で当たるのですが、日にちが1日ずれていて、耳後ろから手を回していた翌々日に雨がいつも降ります。

 

そうなってくると前々日に2日後の雨を感知するというのは凄く難しくて、天気予報でも外れることが多いのでさらに謎は深まるばかりです。

 

自然で生きている動物の方が私たち人間よりも感覚が優れているようなことが多いので、彼らの行動や仕草を見ているといつも何か意味があるのかと考えてしまいます。

 

生まれ持った本能というものが本当に凄いものだということがこのことからも学べました。