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みんなの不思議に思うこと

みんなが不思議に思っている事を載せていくブログ

夢に出てくる兵隊さん対策で数珠を探すが‥

不思議なことと言えば、私は沖縄が好きで何年かに一度旅行に行くのですが、滞在中ホテルで寝ていると必ず夢で軍服を着た兵隊さんが私のベッドの周りをぐるぐる回るのです。

 

夢でしか見ないし毎度のことなのであまり気にしていなかったのですが、この前沖縄に旅行に行くとき「そうだ!今回は数珠を持っていってみよう!」と思い立ち、いつも数珠をしまっている棚をあけて探してみるもどうしても見つからないんです。

 

頻繁に数珠を使うわけでもないので、必ずし決まった場所にしまっているはずなのに、見つからない。これはどういうことなのか‥。しかし出発の時刻が迫っていたので数珠は諦めて沖縄に出発しました。


まぁ、予想通りホテルで寝ていると顔の表情がよく見えない軍服の兵隊さんがぞろぞろ私の夢に現れました。私は霊能力者ではないので、兵隊さんをどうにかしてあげられることもなくひたすら気にせず寝るしかありません。

 

滞在中兵隊さんたちに囲まれながらあまり熟睡も出来ず目の下にクマを作りながらようやく帰宅し、真っ先に出発前に数珠を探した棚をもう一度開けてみました。


なんと数珠は探さなくても目の前にあるではないですか。

 

なんであれだけ探して見つからなかった数珠が、帰宅したら棚の一番手前にあるのでしょう。なにか不思議な力によって数珠を隠されていたとしか思えません。

私が見たものはなんだったのでしょう?

あれは数年前の、大晦日に近い夕方のことでした。その日は日曜日だったため小学生の子供たちも含め家族全員が家でくつろいでいましたが、夕方になり外も暗くなって
きたため、妻がリビングのシャッターを閉めようとした時でした。

 

外を見ていた妻が突然「お父さん、ちょっと、アレ何かしら?」と叫ぶのです。そばにいた子供たちと 妻のそばに駆け寄り、あわてて外を見ながら「アレって何のこと?

 

どこ、どこ?」と尋ねると、妻はなんと空の上を指さし、「ほらあれ、あれ」と、心なしか興奮気味に 叫んでいます。

 

空を見上げたのですが、薄暗い空には何も見えず、大晦日に近い季節にしては生暖かい風が、部屋の中を吹き抜けていきます。

「なんだよ、何も見えない じゃないか」。と不満げに言うと、妻はまだ興奮冷めやらぬ口調で「ほら、あそこ。

 

雲の裏側を何か大きな光るものが動いてる」。

 

と頭上を指さして言うのです。そして、
その妻の指さす先には、確かに雲の裏側を大きく光るものがゆっくり移動しているのがわかります。

 

最初は雲に遮られてよくわからなかったのですが、確かに雲の内側を 楕円形をした横に細長いものがゆっくりと動いていきます。

 

「う~ん。確かになにかが動いてるねえ。月だったら丸いけど、あれは細長い楕円形をしたものだよねえ。


何だろうねえ。」子供たちも「ねえ、UF0じゃないの?」と、興味深げに訊いてきます。

 

確かにそう言われてみれば、いつかテレビのUF0番組でやっていた「葉巻型
母船」とそっくりのようにも思えます。

 

しばらく、時間にして10分ほどでしょうか、皆で見ながら騒いでいるうちに、あの横に細長い楕円形の光はいつの間にか消えて いました。今でも時々大晦日が近くなると思い出すのですが、私の見たアレは一体なんだったのでしょう?

田舎の休日人々はイオンに引き寄せられる

私は休日よくイオンに行きます。イオンに行けば映画館もあるし洋服や雑貨に電化製品、そして食材までなんでも揃うからです。

 

また私の住む地域には娯楽が少ないのも理由の一つです。家族も休日はイオンに行くことが多いし車を持っていない学生達は駅からイオンまでの送迎バスがあるので皆でそれに乗りイオンに行きます。

 

休日イオンに行くと人でごった返しています。そして必ず一人は知り合いに会います。特にこれといって必要なものもないのにイオンに行ったり、行きすぎて飽きてしまうこともありますが、それでもイオンに行ってしまいます。

 

行ったら癒される訳でもありません。むしろ人でごった返した広い店内をうろつくことはとても疲れます。

 

またせっかくの休日に会いたくない人に遭遇してしまう事だってあります。毎週末真新しいことがある訳でもありません。

 

一番近いイオンでも家から車で40分ほどかかります。なのに休日退屈になるとイオンに行きたくなってしまうのです。周りの人も皆そうです。

 

友達とあてのないドライブ中、どこ行く?という会話になると結局行き先はイオンになります。どうしてこうもイオンに行ってしまうのでしょう。イオンは人を引き付ける不思議な力を持った場所だと思います。

一緒に住むと思考まで似てくるものなのか

私と主人は周りからなんで結婚したの?と言われるくらい、食べ物の好みも趣味も性格も何から何まで合いません。


そんな私達ですが、同じ言葉を同じタイミングで言うことがあるのです。


同じ歌を口ずさんでしまうだとかは聞いたことがありますが、双子でもないのに言葉がかぶります。


それがたまに起こるのではなく、頻繁に起こるのです。


趣味や性格が似ていると同じ考えをして、同じ言葉を発することはあるかもしれませんが、こんなにも合わない私達が、同じ言葉を同じタイミングで言うので不思議でたまりません。


もっと不思議なのが、話の流れとは全く関係ない話をしようとする言葉までかぶります。


会話の後、ちょっと間があいてから話を切り出すときも一緒です。


私達前世でも一緒だったのかな?運命だねなんて言うほどラブラブでもないので、ただただ不思議です。


最近は言葉が重なると気持ち悪いとまで思ってしまいます。


結婚するまでは、同じようなことを言おうとしてたということはあっても、言葉がかぶることは全くありませんでした。


結婚して家族になり、思考まで同じになってきたのでしょうか。


双子みたいな感覚で、言わなくてもお互い何を考えているのか分かるようになってきました。


ふと同じような経験をしている人はいないのか気になりました。

「魔法少女リリカルなのは」不思議を解決していく作品だったはずが・・

無印から12年。私はForceからの参入なのですが、「魔法少女リリカルなのは」のファンです。


魔法少女」というジャンルは、いわゆる「日常にあるハプニングを不思議の力で解決する」と言うものなのですが、「魔法少女リリカルなのは」はそこに熱血魔法少女の要素を含んだ作品になっています。


不思議とはこの場合は「魔法」です。その魔法にもいろんな種類があり、様々な系統もあります。その不思議の力を得た主人公、高町なのはは、平凡な小学三年生をしつつ、様々な問題を解決して行きます。

 

そして、その途中でもう一人の主人公であるフェイト・テスタロッサと出会い戦ってゆくのですが――。


本当に熱血系で、泣ける物語でもある「魔法少女リリカルなのは」。現在では十数年後の作中である「Vivid strike!」がやっていて、来年には前後編で「魔法少女リリカルなのはrefrection」が映画で出るらしく、まだまだ熱冷めやらぬ作品です。


一度は夢に見る魔法。それによって人生が変わっていく一人の少女の物語。

「refrection」では今まで語られなかった小学三年生時代の夏のお話らしいので、とても楽しみです。


これからも頑張って行って欲しいです。

魚をトラックで売りに出ている人は、何故廃業せずに続けられるのか

私は現在地方に住んでいますが、私の家の近くにはスーパーやコンビニがあります。そのスーパーやコンビニには朝から夜まで入れ替わり立ち替わり来店する人が絶えません。

 

そして、スーパーでは商品の宅配を行い、コンビニでは配食サービスを行っています。私の住む市の私の住んでいる地区は独居老人の方も増え続け、空き家も増えています。そういった中に、毎日軽トラックに魚を積んで売っている人がいます。

 

何処かに車を一定時間停めて売っているわけではないのですが、その移動式の魚屋さんは私が小学校時代から魚を売っていて、既に何台も車を替えています。しかし、「魚屋でございます。」というスピーカーからの声は過去数十年変わりません。


住んでいる人が徐々に替わり、また、今迄住んでいた人達が高齢化してきている上、繁盛しているスーパーがあるにも拘らず、この様な魚屋さんが未だに廃業せずに続けているのかが不思議です。

 

スーパーやコンビニで買い物をすれば、魚だけでなく他の物も一緒に買えるので、この魚屋さんから魚を買う人は決して多くないと思います。増して、買い物をヘルパーさんに依頼している人であれば、この魚屋さんから魚を買うようにヘルパーさんに頼んでいる人は皆無と思います。しかも、

 

この魚屋さん自体が高齢者になっているので、いつまでこの仕事を続けるのか判りません。この魚屋さんが採算が採れなければ廃業すると思うのですが、未だに続いているのが不思議です。

不思議なことについて考えた感想

不思議なことはよくありますが、どんなことかいつも考えてみることがあります。遠くにある光景がありますが、その先に何かが見えます。

 

木の合間、山の合間から見える光景として、それぞれ先にある出来事が、たくさんのことのようにおもいました。ものが動いていますが、それぞれ大変多くのもののようです。

 

他の場所にある物質とと出会い、それによって新しい関係が生まれます。谷を渡って山と山の間を抜けましたが、それから見えた新しい草地が、樹木の転々として場所にある、新しいものの出現をみることができました。

 

物質が動いて、物体によっていろいろな価値を持つ色や、背景があるものによって衝突がおき、新しい町や村に行くことによって起きる弊害があります。たくさんの手段をみて、新しい山や谷によって閉ざされた空間が、それより先に新しいものを見つけました。

 

その先にあるのは、閉ざされた閉鎖された建物の中で仲間が複数の事件から開放されるのをまっています。

 

まるで新しい出来事をまっているかのようにその場所にとどまっているのは、新しい場所からきた人が別々のものを持つ担い手のようにして、その出来事とは別の事件によって出現したことで始まる他の不思議な物事のようでした。

書ける時と書けない時の差が不思議

退院してから約三ヶ月とちょっとが過ぎました。


不思議なことと言えば、小説の書ける書けないの差でしょうか。集中力がある時とない時の差でもありますが。


思い浮かんだ時には一時間で3000字くらいは行けるのですが、書けない時は本当に500文字でも精一杯なので……。


私が書くのは主に二次創作なので、もとになる作品の情報が燃料となることが多いのですが、それでもやっぱり差が付きます。なんでだろうと日々不思議に思っています。


ちなみに今年に入ってからは、ちゃんと締め切りのある作品でしか書けず、やっぱり「統合失調感情障害」のせいで集中力が損なわれているのかなぁとも思います。集中力散漫になるのも病気のなかに入っているので……。


とは言え、書きたいネタがちょいちょいあるのも事実。頑張って書いてみたいなぁと思います。


その為にも、雑誌メガミマガジンコンプエースも買いたいですし、適度に働きたくもあります。まだドクターストップで年内で働くのはダメだと言われてはいるのですが、一回くらいならとも思います……あんまり親に借りるのも申し訳ないですし……。


あとはココアとか飲みたいですね。集中力向上に、ですね。
これからの目標は今あるネタを3000字以上の作品にすること、でしょうか。頑張ってみます。

ハーモニカでワープした不思議な体験

小学校三年生のころのお話です。当時、音楽の授業でなぜかリコーダーではなくハーモニカを習っていました。

ハーモニカといえば音の出し方が笛とは違って、吹いたり吸ったりと息の使い方からして違うんですよね。


それが小学三年のわたし(肺活量があまりない)にはとても苦しくて、吐いて吸って…とやって演奏が波に乗ってくる頃には(おそらく)ひどい酸欠状態になってくるような感覚に襲われていました。


そして、クラクラと気が遠くなりそうなくらいのレベルに達するとなぜか授業を受けているはずの音楽室の風景から、自宅の居間の畳の上に伏せている自分に切り替わるんです。


それは一回だけのことではありませんでした。

 

音楽でハーモニカを吹いている時だけなんですが、いわゆる「息が苦しい」状態になるとまるで「ワープ」するかのように景色が自宅の居間に変わり、音も聞こえなければまわりに誰もいないんです。


ハーモニカの授業が嫌いだったわけでもなく、音楽の授業は大好きでした。むしろ覚えたハーモニカをノリノリで吹いていたつもりだったのですが毎回自宅の居間に飛んで?ってしまうみたいなんです。


そして決まって「キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン」という授業終了のチャイムに打ち消されるようにハッと我に返り、授業を終えて音楽室から出るという感じでした。

 

とても不思議な体験でしばらくは誰にも言わなかったのですが、ある日友人にそのことを話すと「普通にハーモニカ吹いて座ってたよ」と言われました。今思い出しても不思議でなりません。

髪の毛が禿げてしまうのが怖くてたまりません。

髪の毛ってなんで禿げてしまうんでしょうか。私はもうすぐ中年という年齢にさしかかろうとしているのですが、一つ恐怖に思っている事があるんです。それは自分はこの先禿げてしまうんだろうかと言う事です。

バカみたいな悩みかも知れませんが、すごく怖いです。家の家系は祖父も父も禿げてしまっているので、自分もかなりの確率で禿げてしまうのではないかと思っています。禿げてしまったら人としてのかっこよさの部分は全部無くなってしまうんではないか、というぐらいに思っています。

いくらオシャレを気にしても、いくらスタイルを保っていても禿げてしまったらすべて無意味な気がするんです。だからとても禿げてしまう事を恐れているんです。

そもそも禿げるって不思議だと思いませんか?だって毛と言う物はその部分を守る為に生えているはずなのに、なんで抜け落ちる必要があるんでしょう。禿げたって良い事なんか何一つ無いのにわざわざ人間にそんな機能がついている事が不思議でしょうがないです。

特に頭なんて一番重要な部分なのに、その部分を守らなくてどうするんだ。と言う感じです。一体なぜ人間は生きている途中で髪の毛を放棄する事を選んで進化してしまったんでしょう。私はその事が怖くてたまりません。